低重心化によるパックラフトの安定性

 

例えばダウンリバーカヤックの場合、さほど浮力が高くない船体に乗ることになります。すると舟は水に大きく沈み、着座位置は喫水より深い場所に位置することになります。つまり重心が低い状態になります。

一方パックラフトの場合、空荷・未乗船の状態では喫水深はほぼ0です。人が乗った状態になっても喫水深はあまり変わらず、シートの座面に至っては喫水よりも高い位置になります。つまり重心が高い状態になります。

 

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それでも幅が広く、浮力も高いパックラフトはダウンリバーカヤックより遥かに安定感があり、転覆リスクはずっと低いのですが、重心が高いことが安定性を下げていることは事実です。

重心を下げる為には物理的にシートの高さを下げるか、もしくは喫水深を下げる必要があります。

シート位置を下げるためにはパックラフトのシートの空気を抜いて着座位置を下げるか薄いシートを使用すれば着座位置を下げることができます。

喫水深を下げる為には浮力の低い設計にするか、もしくは内部に水を入れることで浮力を下げ、重心を下げます。

実は大型タンカーなどが空荷の際は、船の安定性を高める為に意図的に舟底へ水を溜めて重心を下げる工夫しています。

 


山童のパックラフトでは、すべてのオープンデッキ艇にロールトップ開閉式セルフベイラーを設けています。
一般的なセルフベイラーの方が構造がシンプルでより低価格、僅かに軽量コンパクトに設計できますが常に内部に浸水した状態になってしまいます。足元、場合によってはシートまでも水に浸かる為、快適性が著しく低下してしまいます。
急流区間だけであれば水を被り続けるのであまり気になりません(むしろ低重心化による安定性の方がはるかに重要となります)が、それ以外の箇所では内部に水があることのデメリットの方が大きくなります。

 

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この不快感を減らすためにシートを分厚くし、足元まで水位より高い位置に上げることで解決する施策をおこなっている製品が多いですが、これでは浮力が下がった状態で重心位置だけ上がっているので、安定感は損なわれてしまいます。

しかもシートの重量分を換算すると、結局重量面での優位性も無くなってしまいます。

水抜きの手間を減らす為の役には立ちますが、その為に犠牲になってる性能があまりに大きい構造です。

 


ロールトップ開閉式セルフベイラーであれば、安定性が特に求められる急流区間だけ、体が水に浸かるデメリットを受け入れ(とは言え、セルフベイラーの無いオープンデッキモデルなら水に浸かることになるのは同じだし、セルフベイラーモデルであっても水を浴び続けて結局全身濡れるのには変わりないのですが)、急流区間以外ではセルフベイラーを閉じて安定性より快適性や推進力を得る事ができます。

相反する二つの優位性を切り替える事ができ、部分的な不快感を受け入れる事で高い安定性も得られる構造であると言えます。

 

 

 

内部に水を入れる事で浮力が低下することで喫水が深まるって水の抵抗が増し、またセルフベイラーの穴からの水の出入りによる抵抗で船足が遅くり、全体的な動きが鈍重になります。この欠点は急流域ではあまり大きなデメリットとはなりませんが、運動性能が大きく低下していることは事実です。

 

これを解決する為に優れた構造がスプレーデッキモデルです。
内部に水が浸水しないのでシートをギリギリまで薄くでき、喫水より低い位置に着座する事ができます。

重心は下がる上、水の抵抗は増えていないので、極めて高い安定感がある上で本来持っている運動性能を100%発揮し、且つその運動性能を維持できる素晴らしい構造です。
急流区間の性能だけ見れば最も理に適った構造です。

 

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しかしスプレーデッキの生地の分、重量や収納サイズが増します。またシートを薄くする分、座面下にかかる衝撃緩和性能は下がり、生地がダメージを負いやすくなるのでボトム生地を厚くせざるを得ません。この部分でも重量や収納サイズが増します。
また日本の川は滝や堰堤などで川が分断されており、何度もポーテージ(迂回)しなければならない環境でもあります。スプレーデッキは脱着の手間が少しあります。

激流のダウンリバーにおける運動性能の高さを最優先にしたい方にとってはこの上なく素晴らしい構造であると言えますが、軽量コンパクト性を重視したい旅目的の方にはそぐわない構造だと言えます。

結局、どれを選んでもメリット、デメリットが存在します。重要なことは、使用するユーザーがきちんとその特性を理解し、自分自身にマッチしたパックラフトを選択することです。単に軽い、小さい、運動性能が良いと言う点だけで比較するのではなく、ご自身がどの様な使い方をしたくて、どんな性能が求められるのかを良く考えた上でご選択下さい。